医療系システム標準化は本当に大丈夫なのか
ベンダーロックインと責任分界点の不安
自治体システム標準化の次に気になるのが、医療系システムの標準化です。
医療DXの方向性そのものは、必要だと思います。
- 病院をまたいで診療情報を確認できる
- 紹介状や退院時サマリーを電子的に共有できる
- 健診結果や薬剤情報を活用できる
- 患者本人も自分の医療情報を確認できる
こうした仕組みが整えば、医療の質や効率は上がる可能性があります。
厚生労働省は、電子カルテ情報共有サービスを「全国医療情報プラットフォーム」の仕組みの一つとして説明しています。全国の医療機関や薬局などで患者の電子カルテ情報を共有する仕組みであり、診療情報提供書、健診結果、臨床情報、患者サマリーなどを扱うサービスとされています。
ただし、現場SEの視点で見ると、不安もあります。
一番大きいのは、政府に本当に主導する力があるのかという点です。
- 標準仕様を出すことはできます
- 方針を示すこともできます
- 期限を決めることもできます
しかし、本当に難しいのは、その先です。
電子カルテ、レセコン、検査システム、画像システム、薬局システム、電子処方箋、マイナ保険証。医療の現場には、多くのシステムと多くのベンダーが関係しています。
複数のベンダーが関わるシステム間で、どのデータを、どの形式で、どのタイミングで連携するのか。障害が起きたときに、どのベンダーが調査するのか。データ不整合が起きたとき、誰が責任を持つのか。医療機関ごとの運用差分をどこまで吸収するのか。
ここまで具体的に設計し、調整し、現場に落とし込めなければ、標準化は机上の話で終わります。
厚生労働省の医療機関向けページでも、各ベンダー製品におけるサービス利用の前提条件、本サービス対応のための改修費用、対応時期等が案内されています。
これは、裏を返せば、実装はかなりベンダー依存になるということです。
そして、政府が細部まで主導できない場合、最終的にはベンダー同士の調整になります。
ここに大きなリスクがあります。
ベンダー同士の調整になると、既存システムを握っているベンダーの力が強くなります。電子カルテやレセコンは、医療機関の業務フローと深く結びついています。簡単に別製品へ乗り換えられるものではありません。
そのため、データ連携の標準仕様があっても、実際の改修、移行、テスト、運用支援は既存ベンダーに頼らざるを得ない場面が出てきます。
これでは、標準化によってベンダーロックインが弱まるどころか、逆に強くなる可能性があります。
- 「標準化対応できます」
- 「ただし、この改修が必要です」
- 「この連携は追加費用です」
- 「この運用は個別対応です」
- 「この移行は別契約です」
こうなれば、医療機関側は簡単にベンダーを変えられません。
結果として、標準化の名のもとに追加コストが発生し、コストダウンどころか、短期的には費用が増える可能性があります。
医療機関は、ただでさえ人手不足、診療報酬、物価高、セキュリティ対策、ランサムウェア対策など、多くの課題を抱えています。そこにシステム標準化対応の費用と作業負担が乗ってくると、現場はかなり厳しくなります。
医療系システムの標準化で本当に必要なのは、単にデータ形式をそろえることではありません。
- ベンダーをまたいでも安全に連携できること
- 医療機関が過度に特定ベンダーへ依存しないこと
- 改修費用や運用費用が見える化されること
- 障害時の責任分界点が明確であること
- 小規模クリニックや地方病院でも対応できること
- 医師、看護師、事務職員の業務負荷を増やさないこと
ここまで設計できなければ、標準化は現場にとって負担になります。
特に医療は、人の命に関わる領域です。
自治体システムでも標準化は大変ですが、医療系システムでは、情報連携のミスが診療判断や患者安全に影響する可能性があります。
政府が強いリーダーシップを持ち、仕様、責任分界点、移行支援、費用負担、ベンダー間調整まで整理できるなら、医療DXは大きく前進すると思います。
しかし、方針だけを示して、実装や調整をベンダーと現場に任せる形になるなら、ベンダーロックインはむしろ強まり、コストダウンも見込みにくいのではないでしょうか。
医療系システム標準化で問われるのは、標準仕様の美しさではありません。
本当に問われるのは、政府が現場とベンダーを含めて、最後までプロジェクトを主導できるかどうかです。
